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荷物列車快走 [鉄模]

荷レ快走!
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コンデジだとうまく撮影できません。
鉄模目線で見ると結構イケてるね。

MOTOトレイン 其の弐 [旅行]

1997年8月に函館→上野の切符がとれたMOTOトレインです。
行きは切符がとれなかった訳ではなく東北道を自走で北海道に行ったと思います。
この頃どっぷりバイクにハマっていましたので。

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マニ50へのバイクの積み込みも無事終わりました。
次は自分のネグラです。
なんと3段寝台のオハネ14です。
2段化された東京口の14系ブルートレインしか印象に無いので「まだ未改造があったの?」と驚きました。
どういう使われ方して今まで生き残ってたの?

下段はすべて売り切れで自分は中段でした。

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編成の端っこに連結されていました。
スハネフではなくオハネ14ってところが変則的で面白いです。
もっとも、この当時は特に感じませんでした。
「バイクを荷物車に載せる」と「寝台に乗る」の二つで完結していました。
この列車自体にも興味がありませんでしたので写真もこの程度です。
今思えばとても残念です。

のちに急行八甲田に増結されていたという事を知り
へぇ~、と関心しておりました。

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これが編成の先頭?
ちょっと違和感です。
逆に鉄模的にはインパクトあっていいですね。

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え~っと、何を意として撮影したのかわからないショット
函館駅構内を意識したのかな?

そんなこんなで無事発車~♪

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次のコマはいきなり青森です。
時間があったのか改札出て記念に撮影してます。
全く記憶にありません。

機関車とかマニ50の付け替え見ておけばいいのにこの時は全然そんな事に興味無かったです。

なかなか眠れませんでしたがいったん眠ってしまえば熟睡しました。
途中一度目が覚め小窓を覗いたら北上駅に停車中でした。
北上なんて全く縁のない土地なので地理的知識が全く無く何県なのかすら想像もつきませんでした。

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そんなこんなで上野到着です。

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一緒に揺られてきたバイクたち。
マニ50の乗り心地はどうだった?我が愛車よ。

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さあ、いよいよ下車します。
記念にパチリ。

車内が見通せる貴重なショット?
バイクを載せるためにマニ50のトイレや車掌室など取り去った改造してるので奥まで一気に見通せます。
照明は蛍光灯ですね。

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はい、下車完了。
お疲れ様でした!楽しい北海道ツーリングでした!

さあ、家までもう2時間。
靖国通り、国道246経由で一気に帰宅。着いたのは朝10時過ぎだったかな?
テレビを見たら「いつ見ても波乱万丈」的な番組で加藤茶の回でした。
ってぇことは、日曜日だったんだねぇ。


1995年のMOTOトレインの貴重な映像です。
自分が乗った列車の全容を今になってはじめて知る事ができました。
私が乗ったのが1997年ですから運用や編成などたいして変化ないと思います。
オハ14の向きがバラバラなんですがそんなもんなんでしょうか?
片栓構造とか両栓構造とか聞いたことありますが14系列は回路的に関係ないのでしょうか?

編成や車種が分かってきたら益々模型化したくなってきました。
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マニ50 [鉄模]

まだ荷物列車の模型化に興味を持ち始めた頃、まだどういう編成を組んでいいのか分からない、いつ頃の時代設定にするか全く決まっていないけどとりあえず買ってみた車両。
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前回のMOTOトレインの記事を書いて急に気になってきましたので久しぶりにひっぱり出してみました。

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モデル自体は昭和のトミックス的な出来です。

といいますか、MOTOトレインを模型化してみたくなってきました。

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近日リニューアル製品が出るそうで、そうしたらやっぱりそっちの方が欲しくなるなぁ~。
MOTOトレイン色のは・・・・出るわけないか。

そうしたら旧製品を中古で買ってテールライト点灯改造?
え~!?無理っす。

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手持ちの室内灯ですが電球色。これはエラー。
なぜならマニ50は蛍光灯だから。
というかMOTOトレインのマニ50は消灯してますが。

tomixの室内灯は何もしなくても結構均等に照らすのですね!

それにしても支持するユーザーが大多数だからこそインレタ式になったんでしょうが私個人は反対です。
特定の車両やトンチンカンな番号じゃなければそんなにこだわりません。
とにかくストレス無く模型を扱いたいので印刷タイプにして欲しいです。
貼るの面倒だし貼り付け糊の跡は残るし今後の取り扱いにも気を使うし・・・。

MOTOトレイン 其の壱 [旅行]

1997年頃だと思います。
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函館駅にいます。

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その夏はMOTOトレインの切符がとれたんです!

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まだまだ陽が高いですが色々と準備がありますので時間には余裕をもって集合、さぁ、受付です。

燃料タンクを空にして来るように言われています。
どうやって空にするか?・・・・、ということで、道内最後の給油では函館までしか持たない量に抑えてタンクを空にしました。もちろんリザーブ程度は残してあります。

燃料の残量についてなんか聞かれた覚えが無いでもないですがタンクを覗いたり揺らして燃料の音を聞いたりなど具体的な厳しいチェックはなかったです。

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受付を終え、ホームまできました。
荷物は搭載したまま、持ち出すのは貴重品のみでOKです。

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乗り込む車両はマニ50です。
荷物車なんて一般人はまず乗れませんから貴重な体験だったんですがこの頃自分はバイクに夢中で鉄モードがかなり盛り下がっていましたので・・・。
写真も鉄写真ではなくツーリングの記録としての撮影です。

今思えば内装や備品なども撮っておけばよかった。

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わーい!

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さー、次はいよいよ自分の番になりました。

手押しで車内へ。
係員さんからバイクに跨るようにと指示があります。
フェリーなどと違ってバイクは垂直に立て思いっきりサスが沈むくらい押さえつけ固定するからです。
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乗車完了~!


そういえば俺って荷物車(マニ50)に乗ったことあるんだ。

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ドン行”山陰”1984 其の壱 [鉄模]

昭和59年8月に青春18切符で乗った鈍行「山陰」出雲市行。
車内放送では「普通列車山陰号出雲市行きです」と表現していたのをいまだによく覚えています。
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乗車した具体的な日にちは忘れました。
始発の京都から終着の出雲市までフル乗車しました。
京都発車直後は帰宅サラリーマンで混雑していましたが次第に立っている人もいなくなり綺麗に座席が埋まる程度の乗車率となりました。
現在の鉄道と違って冷房が激しく効いていました。
暑がりの私でも寒かったのでたまに窓を開けて夏の夜の暑い風を取り入れて暖をとりました。

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乗る直前まで興味なかったのでこの時は全く知りませんでしたがこの年の初頭に旧客から12系になったようです。

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当時国電少年だった私にはオハネフ12などという客車は全く予備知識がなくシル・ヘッダーの典型的な旧型客車でもないし、かといって(当時の感覚で)比較的今風な割には激しく古ぼけた全くの未知な客車で不気味にすら感じました。
この乗車がきっかけで知るようになりもっと写真を撮っておけばよかったと激しく後悔するのでした。

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この当時はそんなに興味無かったのでほんの数コマしか撮影していないのが残念。
番号なんか控えるなんてとんでもない。
オハネフ12の洗面部の白ガラス、妻面のリブ、ボディ側面の歪みなどでこのオハネフ12の番号が特定できないだろうか?

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というわけで走らせる目的ではない思い出の車両コレクションとしてオハネフ12、オハフ13、オハ12は持っています。

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走らせるのが目的ではなかったけど白色室内灯が発売された時に付けておいたのです。
そして今回オユ10やオユ12を室内灯改造してから室内灯マイブームが到来してしまいました。
その時にKATOの新しい室内灯クリアを購入したらとても綺麗に光りましたのでこれこそ12系にぴったりかと思い付け替えです。
光り方がオーバーなくらいかもしれませんが模型としてはアクセントとなっていいと思います。
スハフ12、オハフ13、オハ12に付いていた従来の白色室内灯はそんなに輝度が必要無い郵便・荷物車に転用しました。

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左がスハフ12に付けた新室内灯クリア、右が従来の白色室内灯。
画像ではうまく再現できませんが肉眼で見ると明らかに輝度が違います。
オハネフ12に付けたら光りすぎてちょっと違うなぁ、という印象なので止めました。

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オハネフ12だけ旧製品の白色室内灯に戻しました。
寝台なので若干暗いほうがいいです。
編成を組んだときに座席車との明暗の差がかえってリアルかと。

乗車した12系座席車は減光したという記憶がありませんからこれでいいと思います。

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しかし今回はただ付けるだけでなく、色々なサイトを参考にさせていただき、出来るだけ均等に光るようにアルミテープなどで遮光などする小改良しました。
驚くほど効果が現れました。

模型としてはいいけどこれでも寝台車にしては明るすぎるかな。

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ここまでやると編成を組んで走らせたくなりました。
私が乗った1984年8月某日の編成は番号こそ控えていませんが形式は覚えています。
*オハネフ12-*スハフ12-オハフ13*-オハ12-オハ12-オハフ13*-スハフ12*、と12系座席車がかなり変則的な編成だったからです。
*印は車掌室です。
確か岡山広島所属の寄せ集めだったと記憶しています。

12系は旧型客車ほど味はありませんがそれでもこういった変則編成であることで、しかも実際自分が乗ったということで平凡な12系編成よりは楽しめるかなと。





この曲を聴くとドン行山陰を思い出します。
ドン行山陰といえばCulture Clubが頭に流れます。
斜め向かいのボックスに陣取っていたお兄さん方がラジカセのオートリバースでCulture Clubを繰り返し繰り返し掛けていました。
Culture Clubは好きだったので苦では無かったです。

あの時山陰の車内で繰り返し聞いたCulture Clubの曲がアルバムだったのかベスト版だったのか思い出せません。
あの時以後Culture Clubのベスト版など数枚聞いて”山陰後”に新たに気に入った曲などもあり、しかも今では全部が懐かしい曲になってしまって記憶がごっちゃになっています。

その中でもこの Do You Really Want To Hurt Me だけは「あの時聞いた曲」として山陰号の車内の情景と合わせてはっきりと憶えています。

Culture Clubは今でも車のHDDに入っています。

荷レ・其の七 <オユ10とオユ12> [鉄模]

郵便車オユ10、オユ12に室内灯を付けました。
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オユ10。
最近のLED室内灯はすごいですね。
蛍光灯っぽく再現できてます。

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オユ10。

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オユ12。
鉄道ピクトリアル誌1999No.670P81オユ10郵便荷室の白熱球写真に強烈なイメージがあるためこちらは電球色レンズを装着して白熱球を意識しています。
実際は蛍光灯だったのかな?
ちなみに鉄道P誌のオユ10の荷室は白熱球ですが区分室は蛍光灯なんですね。
模型で照明を分けるのは無理ですね。

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ま、オユ12は蛍光灯だ!って事実が判明すればすぐ戻せますが。

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左がオユ10蛍光灯(のつもり)、右がオユ12白熱球(のつもり)。
いい感じ。

1月4日 [鉄道]

正月休みも今日まで、明日から仕事って日の1月4日。
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湘南新宿ラインのグリーン車に乗っています。
グリーン車に生まれて初めて乗ったのは成人してから。
幼稚園児や小学校低学年の子連れで乗ってる人もよく見かけますが世の中そんなもんでしょうか?
うちが貧乏だっただけでしょうか?

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原宿のホームです。
全く興味ありませんが最近使ってるんでしょうか?

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上野発の電車と併走です。
目で見ると面白かったですが写真に撮ると全く面白くない画になりました。

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で、鉄博です。
初めて来ました。
レムフの車掌室。
ここでどんな仕事をするんでしょうか?

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ここは昭和がいっぱい。
かすかな記憶しかありませんので懐かしいとか言うと当時当たり前のように接していた方に怒られますが。
でも間違いなく旧型国電の経験はあります。

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照明がいい感じだけど撮影には向きませんね。

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というか撮影どころではなくなりました。
アングルとか考えることすらストレスに感じます。
一秒でも多く無心の状態でこの空間を感じ取りたい。
このコマで撮影する気なくなりました。
そのお陰でのんびりゆっくり各車両に着座し思う存分体感してきました。

体感する事で心にも余裕が出来たので次回は撮影もアリで訪れたいです。

EF66とワキ10000とコキ10000系 [鉄模]

小学生の頃からEF66の高速混載コンテナ編成に憧れていました。
なのにEF66を手にする事は結局ありませんでした。
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なので今更EF66。

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それでもワキ10000は持っていた記憶があります。
EF66を買う気でいたからです。
安価だったから先に買っておいたのです。
当時の物はとっくに無いので今回新たに買い直しました。

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そして大人になった今、再び。

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子供の頃、安価なワキ10000だけ買って結局EF66+コンテナ編成が揃わなかった大きな理由はコンテナにありました。
当時はコンテナといえばまず目にするのはC20、C21コンテナでKATOコキ10000系に載ってる旧式のコンテナに激しく違和感があったからです。
あんなコンテナ走ってるの見た事ないし。
C20に若干のC21という組み合わせが憧れでした。
コンテナは私にとってC20、C21でなければならないんです。
やっと揃いました。
しかし今の世の中、C20、C21も過去の物なんですね~。

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いいですEF66。
EF66がブルートレインを牽引するようになると聞いてとても驚いて違和感がありました。
っていうか今の世の中もうとっくに66のブルートレイン自体無くなってるし。
コンテナ特急の姿に感動したので最後まで馴染めませんでした。

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やっと理想だったEF66+10000系ワキ+コキのC20、21搭載混載貨物特急編成を手にする事ができました。
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これが子供の頃からやりたかった編成。
やっと実現しました。

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おっと、撮影失敗!

テールライト [鉄模]

GM客車キットのテールライト点灯化。
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GMオハフ61にKATOオハフ33の床を使用して製作。

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オハフ61の成功を元にGMマニ60も。

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夕暮れの緩急車、というか撮影失敗したコマ。
KATOの床を使用しているので室内灯もその気になればいつでも装着可能です。

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GMマニ60。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

なんかいい感じだと思ったのであえて撮影失敗した環境で他車のテールも。
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先日入手したKATOマニ36。

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KATO新マニ60。

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車両コレクション、KATOクハ85300。

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ヨ5000。

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ワフ29500。

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コキフ10000。

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KATOオハネフ12室内灯付き。

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KATOスハフ12。
このスハフ12とオハネフ12は1984年の夏休みに実際に乗った事のある夜行普通列車「山陰」の再現で室内灯付き。
車両的にはオハネフ以外あまり面白くない編成ですが思い出の列車です。

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普通列車「山陰」号。
京都~出雲市間乗り通しました。
1984.8松江駅にて。

GMスハ32~最後の模型製作 [鉄模]

現在では集中力、根気、技術力の限界を感じて製作を引退しています。
その最後の作品となったGMスハ32。
322.jpg鉄道ピクトリアル誌のスハ32系特集を見て車両コレクションとして製作。
完成品があればそれに越した事はありませんがこの頃まだtomix製のスハ32系は発売されていませんでしたから自分で作るしかないです。
本当はスハフ32が欲しかったですがキットにはありません。

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オハフ61~マニ60×2両~とノっていた時期なのでそのままスムーズに製作に取り掛かれたと記憶しています。
しかしテールランプは無いのでグレードダウンしています。
床はキットのまま。
しかしKATOの床と交換して室内灯も可のような準備工事しているつもりです。

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キットは2両組なので同時進行で2両。
ベンチレーターはGM製別売の物に。

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屋根の渡り板は手元にあったTAVASA製。
数年後の模型熱が冷めている頃、完成品が発売された事を知り処分しようかと考えた事もありました。

今ではすばらしい完成品があるようですが一つだけ馴染めないのがレタリング。
メーカーとしては車番にうるさい客に合わせたのだろうけど面倒くさいし貼り付け強度も心配です。
結果として所属表記も省略されてるしなんだかなぁ~という感じ。

私はあまりこだわらないのでそれらしい番号や所属表記が印刷されている方が剥がれや補修に気を使う事がなくありがたいんですけど。
このスハ32を作っちゃったのと鉄熱が冷めたタイミングもあって完成品スハ32系の購入しなかったけど完成品のくせにレタリング式かよ~、とうのもわずかながら影響しているかも。


このスハ32製作以降、製作熱は冷めてその後長期の鉄模離れで実質引退、そして正式引退。

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